プロフィール

 

こんにちは。書道家、美文字の専門家の長谷川悠貴(はせがわゆうき)です。

 

いきなりですが、僕の夢は世界の絶景の中で書作品を書き続けたい!です。

 

なぜこんなことを思い描くようになったのかその過程とどうして美文字を教えているのか。

 

そのワケと書道家という職業の実態をお話ししたいとおもいます。

 

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▼いつから書道を始めたの?

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僕は6歳の頃から家の近くにあった習字教室に通い始めました。

木金土のうち週1回のお稽古で、毎月書く文字が変わります。

4週の中で1番良い作品を作り上げていくのですが、毎回のお稽古では3枚赤マルを貰えれば帰ってOKな感じです。

 

小学校の頃は習字が好きだったかと言われるとそこまで好きとかではなく、どちらかというと早く終わらせてもうすでに遊びに行っている友達たち(公園やグラウンドや友達の家)の中に早く混ざりに行きたい欲のほうが強かったです。

お稽古中は「集中」している。なんてことは無く、必ず周りと話していたり騒いだりしているとにかく落ち着きのない子です。

それでも何人かの友達が一緒の教室に通っていたこともあり小学校のころは辞めずにいました。

 

中学に上がると小学校の頃の友達たちはみんな辞め、唯一友達が1人だけ残っていましたが中学になり部活もやっていたのでだんだんと習字教室に行くのが億劫になり辞めようとしていたところ、それまで一緒に通っていた唯一の友達に「せっかくここまでやってきたんだから高校までは続けようよ。」と言われたことでなんとか持ち堪え続けました。

 

そして、書道へ本格的に目覚めたのは筆を握ってから9年後の15才の春のことでした。

 

高校に入学して2カ月ほど経った時に書道部の顧問の先生から「書道部に入らないか。」と芸術の選択科目である書道の授業中に言われたことがきっかけで、そのまま書道部へと入部しました。

 

今までは机の上で半紙サイズの紙に筆は1000円ほどのやや硬く、コントロールしやすい筆でした。

ところが、高校の部活になると、紙は身長ほど、筆は倍ほどの大きさで、羊毛と呼ばれ扱うのが困難な20000円を超える本格的な筆。

 

もう、大苦戦です。

それに加えて紙のサイズ、文字のサイズが大きくなったことにより空間感覚は絶望的。

 

さらには「習字」と「書道」の歴然とした差を感じる事となります。

小中学校の授業では「書写」と呼ばれており、僕が今まで習っていた「習字」とは呼び名が違うだけで根本的にはほぼ一緒です。

これはキレイな字、整った字を書く事を目的としており、語弊があるかもわかりませんが簡単に言ってしまうと整った字形を求めるのが習字(書写)。

僕は習字教室に通い、キレイな字を練習していましたのでこの世界しか知りませんでした。

 

「書写(習字)」と「書道」では全くの別物と知ったのは部活初日、最初に顧問の先生が見本を書いてくれた時のことです。

まぁとんでもないほどの技術を目の当たりにしたことを今でも覚えています。

 

筆の毛がしなり、ねじれ、閉じたり開いたり、小刻みに揺れながら速度に変化を持たせ力みはないはずなのに紙に喰い込ませた線は素人でも分かるほどの厚み、深み。

墨はたっぷりなはずなのにも関わらず意図してカスレを出し、墨は切れているはずなのにたっぷりとした線になっていて、書いている時の速度の緩急、力の緩急、繰り出される技術のオンパレードに圧倒されていました。

 

書き終わった後に言われたことは「書は音楽と似ている。最初はしっとり穏やかに、だんだんとボリュームを強めてサビで一気に開放する。最後は徐々にゆっくりと余韻に浸りながら終えてゆく。全部の文字を、全ての線を頑張ってはいけない。どの文字がサビに当たるのか、さらにはサビの文字の中のどの線を一番目立たせたいのか、その文字や線を引き立たせるにはどんな構成で流れていけばよいのか、作品の中の全ての文字、全ての線にさりげなく意味を持たせることができればそれらの線同士が響き合い、良い作品になるんだよ。」と教えてくれました。

 

「書道」は自己表現の分野にあたり、字形はもちろんのこと表現方法の多様性、空間、線質の技術、表現手法の広さ深さが山ほどあり、書道と書写(習字)では考え方がまるっきり異なります。

 

そのあとマネして書いてみても同じような線は1本も出ないし、ましてや字形すらも似つきませんでした。

 

先生の書きぶりと言葉が僕のワクワク精神に火を付けたのです。

 

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▼高校時代

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その後高校3年間をみっちり書の魅力に引き付けられて部活内でもただ一人ずっと練習していました。

結構書道部あるあるだと思うのですが、多くの高校書道部って高文連(インターハイの文化部バージョン)の大会前5~7月の3ヵ月が部の主な活動期間で、その後の8月~3月の間は大会が何個かあるのでその前にちょろっと書いて出品くらいの活動みたいな。

冬休み、春休みなんかは部活やらなかったり、活動期である3ヵ月の間でも土日は休みだし週に2~3回出てくればいいよみたいな学校結構あると思います。(全ての学校ではないですが)

僕の学校も30名くらい部員がいましたがみんなそんな感じでゆる~くやってました。

 

そんな中、書道の魅力に引き付けられた僕は1年間土日以外は毎日学校の書道教室に通っていて(土日は部として活動しないから来ないでと言われていたので部室から筆と紙と墨を持って帰って家で書いてたりしてました)、朝は始発のバスで7時半くらいに登校して朝練を1人で勝手にし、帰りはサッカー部や野球部と同じくらいに帰ってました。

 

部活としてはほぼ機能していないので、勝手に書道教室のカギを開けて、帰りも勝手にカギを返して顧問の先生の顔を見ない日も結構多かったですね。

夏休み冬休み春休みなんかは朝から晩まで書道教室にいても先生1回も来ない日とかも結構多かったです。

 

どうやら30名近くいる書道部の予算の半分以上は僕の紙墨代で消費されていたそうです。

 

大学進学にあたり将来の事なんかは全く想像もつかなかったので自分の好きなことをやりたい、ただそれだけの思いで北海道に書道専攻の学部が唯一ある教育大学に進学希望をしましたが、推薦、一般入試の前期、後期と計3度失敗をして浪人生活を経て無事翌年は入学することができました。

 

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▼大学在学中に収穫したもの

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大学2年生の時にふと、なんの前触れもなく一人で自転車旅をしたくなり自宅のある札幌から300km以上離れた日本最北の地である稚内まで行くことに決めました。(特に趣味とか鍛えてるとかではありません。今までにどこか遠くへ行ったこともなかったです。)

 

日本海側をずっと通っていく経路としましたが、到着までの道中2つの大きな経験をしました。

 

1日目の天候はやや晴れ。出発地点から136km地点まで行きました。

 

2日目出発時は雨がちらほら。

 

時間が経つにつれて雨は止んでいきましたが、175km地点を過ぎたころ小平町というところまでやってきました。

風が強い区間に突入です。この辺りを1時間半ほどこぎ続けたところで1つ目の強烈ポイントがやってきました。

天候は気持ちの良い晴れ。

目の前に続くのはなが~い直線の下り坂(2km以上はあったかな)で起きました。

 

「ようやく少し楽な区間がやってきたゾ。ふぅ。ところが!アレ!?こいでもこいでも前に進まない!?下り坂と思っていたのは錯覚??」

 

でもそこはどこからどうみてもかなり勾配のある下り坂。

普通に考えたら全くこがなくても勝手に進んでしまいどんどんどんどん加速する坂なのに・・・。

 

どうやらココ、何もない吹き抜けの場所で風の強さが原因で自転車が押し戻されて進んでいなかったのです。

上り坂を上っている感覚です。

 

上り坂であればキツイなぁくらいで済みましたが、かなり勾配のある下り坂という見た目では休息地点なのにも関わらず全く進まないという錯覚からくる強烈な精神的なダメージを覆いました。

 

 

そして翌日、2回目の強烈ポイントがやってきます。

 

 

だんだんと雨が降り、強くなってきた14時半。

265km地点。天塩町。

天塩川に差し掛かりここを渡るとオロロンラインという晴れていれば海の向こう側に日本最北島の1つである利尻島に聳える利尻富士(北海道銘菓「白い恋人」のパッケージに使われています)が見える絶景ロード。

 

ところが、雨風が一層強くなってきました。

 

まだ時間はあるのでまだまだ先に進みたい。

 

そんな気持ちをよそにかなり強い向かい風。

なかなか前に進めない。

 

風車がズラーっとたくさん見えてきた。

ここまで来ると風はとんでもなく強く、前日よりも圧倒的な風圧、さらには強烈な雨のおまけ付き。

 

こいでもこいでも前に進まない。

スキー場の急勾配コースを自転車で登っていっていく感覚で前に進みません。

 

ここは平坦地区です。

 

身体が冷え、手先の感覚もなくなってきたので前進断念。

 

吹き荒れる風によって体験したことのない風圧を受けた自転車は前には進まず、強烈な雨が容赦なく気力を奪い前日のダメージを上回る挫折感を味わうこととなりました。

 

引き返すことを余儀なくされ17時半に天塩町に再到着。

 

しかし翌日にはきのうの嵐もウソのように風も収まり晴天のオロロンラインを越えて15時45分353km地点、最北の地である稚内へなんとかたどり着きました。

 

そして稚内から自転車を担いで船に乗り利尻島、礼文島という最北の離島へ足を踏み入れました。

ここでは天候に恵まれ濃厚な青の晴天下で2日間を心地よい風と透き通る海に囲まれながらぐるりと駆けめぐった離島旅でしたが最終日の朝、いざ離島しようとすると波の影響でフェリーは1日出航できず島から出ることが出来なかったというおまけ付きですが。

 

嵐から晴天までのこの自転車旅での体験や感じた事をそのまま持ち帰り、136×210cmの大作を書きあげました。

「豊饒の北國に風がふく 北國の大地北國の海北國の空全てを見てきた大循環の風が語りかけてくる(自作文)」

 

その時の体験がなければこの言葉の発想も作品も書きあげられないものです。

新鮮さが無くなった今、同じ言葉を書いてもダメでしょう。

 

ちなみにその翌年、南に位置する500km以上の道のりを経て函館に自転車で到着、その途中に位置する奥尻島という離島を訪れたときのことを卒業制作時の作品に反映させています。

 

ところが大学卒業間近になったとき、アレ?就職って言っても書道しかやってないぞ?と改めて気づき、一般就職も考えましたがここまでやりたいことをやって書道に特化した人生を送ってきたのならこれを仕事にすることが一番の武器だなと思い就職活動はせずに、書道家になることを決めました。

 

 

↑嵐で引き返しを決めた地点(写真は翌日)

 

↑日本最北の地、稚内にあるノシャップ岬。後ろに見える島が利尻島。

 

   

「豊饒の北國に風がふく 北國の大地北國の海北國の空全てを見てきた大循環の風が語りかけてくる」(自作文)136×210cm

 

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▼書道で生活している人って何してるの?

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書道を生業にしている人には大きく2種類に分かれます。

1つ目は「教えること」で生計を立てている人。

9割型こっちですね。ここは細かく分けていくと、

 

A 学校の先生(高校書道教諭)

B  町中の書道教室の先生

C  書道団体を立ち上げてお弟子さんから勉強代をいただく(大きな展覧会で結果を出し、名を上げれば弟子が増える)

 

教えることを生業にしている人はこの3タイプの中のどれかだと思います。

 

そして大きく分けた2つ目は「アーティスト型」です。

ただ、純粋に「自分の作品を売るだけで生計を立てている人」ってどれくらいいるでしょうか?絵画の世界もそうだと思いますが書道界でもほぼゼロだとおもいます。

 

作品といっても2パターンあって、自己発信型とオーダー型です。

自己発信というのは単純に自分が書きたい表現や言葉で作品を作ることです。

オーダーというのはたとえば、うちの玄関にこれくらいの大きさで「一期一会」って書いてほしいとか、名刺作ってとか、ロゴや題字なんかもそれに当たります。

 

言葉や作品サイズ、表現など相手の意向(オーダー)を第一に考えるのがオーダー。

アーティスト系でも自分発信の作品が売れるってかなり少ないはずです。

個展なんかでちょこっと売れることがあってもほとんどはオーダーだと思います。

 

教えることとアーティスト活動の両方をやる人もいます。

で、僕は大学卒業後すぐにどちらもやることになります。

 

幸いなことに大学で書道の教育免許を取得していたためすぐに定時制の高校に非常勤講師として勤める事となり、その後も北海道内偏差値ワースト1とトップ5という偏差値の下から上まで公立、私立、定時とバラエティ豊かな勤務地で3年間教えることとなります。

 

それと同時に書道家(アーティスト)としての活動もしており、作品の販売やロゴ、題字、作品のオーダーメイド等ひと通りアーティスト系のお仕事もしました。

 

しかしそれだけでは金銭的に足りないので高校卒業後から働いている居酒屋で店長代行としても働いています(接客も調理もします)。

 

ちなみにですが非常勤講師は時給制です。

年齢や経験などは一切関係なく一律で授業1時間に対して2,800円です。

つまり学校にいる時間ではなく授業が何コマあるかがお給料になります。

1時間目と4時間目に授業がある場合でも、2,3時間目の空き時間は給与が発生しません。

 

僕の場合は定時高校の時は月3万、公立全日高校の時は月10万円くらいが平均でした。

しかしながら非常勤講師となると夏休み冬休みは授業がないので給与は0円。

学校行事、テスト、学校祭準備期間から本祭までの間、修学旅行などで授業がつぶれていくので毎月フルで授業が入ることはありません。

 

なのでアルバイトも継続してました。

 

そんなこんなで、「教える」ことと「アーティスト業」の両方をやってみたのですが、どちらもやりがいはあるものの何かが違う気がし始めます。

 

「教える」ことも「オーダーを受ける」ことも自分発信ではなく相手の気持ち、相手がどう思うかが全てです。

さらには自分発信の作品を作っている時でも最終的にはその作品たちが売れていかなければお金に困って僕の活動は止まります。

 

売れるためにはどんな作品を書いたらいいかな?という状態に陥り、受注作品でないのにも関わらずいつの間にか作りたいモノではなく受け入れられるモノ、自分発信ではなく相手発信になってしまって結局相手の様子を伺いながら窮屈な作品作りになってしまっていたのです。

 

今まで書道を続けていた原動力はなんだったかな?と考えたときに書く事が楽しくて、ただただ熱中し、書道に憑りつかれたその状況こそが自分の原動力だったんです。

 

僕の中でこれではなかなか熱中という言葉は当てはまりません。

なにか違うなぁと思っていた時期でした。

 

 

↓高校で教えていた際の黒板

 

 

 

 

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▼作品に足りないものとは何なのか?

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一般的に書道の作品を作る時というのは、なんとなくいいなぁと思った言葉を本やネットあるいは過去の書作品集の中から誰かの作品を見つけ、その言葉や文字を借りて家の机で書いたり、床で書いたり、体育館のような場所で書く。

作品を仕上げる為に期間をかけて何十枚も何百枚も書いた中から光明の一枚をやっとの思いで作り出す。

 

普通はこんな感じで書作品というのは作られています。

僕自身もこんな作業をしていました。

 

技術の習得、練習としてや技術力を競う大会だとアリかもしれないけど、そんな風にしてなんとなく文字面だけで作られた作品に精神というか感情が乗っかっていないというか、魂が入っていないような。

 

僕は「体感」「言葉」「技術」の三位一体こそが良い作品になり得ると思っているのですが、「体感」の部分はかなり不足しがちです。

どうしても「技術」と「言葉」だけに頼ってしまいがちになるからこそ体感量が増えれば増えるほどもっと良い作品になるのかなと。

 

もし、「おぉ!ここ、スゲェ!」という心が動いた場所で、受けたその感動をその時、その瞬間に筆を持って書いたらどうか。

1枚や2枚では「書」としての良し悪し、完成度の問題は出てくる。

だけど自然から受けたその感動、ひらめきを今、その瞬間に筆を持って書いたら、そのまんま紙の中にとじ込められて自然と一体化するのではないか?と考えました。

 

新たな挑戦です。

 

北海道内の絶景の地を12ヵ所を巡り、平坦ではないボコボコの地面や-24℃の凍てつく雪面、ジブリの中に入り込んだような一面苔の世界といった四季折々の今、その時、その場所で書いた「生の作品」を作り上げる計画を実行してみました。

 

その中でも難しかった箇所を1つ挙げさせていただくと、晴天の8月。積丹(しゃこたん)の海です。

 

そこは積丹ブルーと呼ばれるエメラルドグリーンに輝く透き通った海で、ゴロゴロとした大きな石が海岸沿いに敷き詰められており南の白い砂浜の海とは異なります。

この積丹ブルーの海面に畳1畳分の発砲スチロールをぷかぷか浮かべてその上に紙をセットします。

腰下ほどまで奥へ行き、海と一体化します。

 

海底は大きな石たちですので足場が悪く、足を滑らせるので基本的に書く時は一歩も動けません。

波で流される紙と今にも滑りコケそうな僕。

紙も自分も必死で流されないよう耐えしのぎながら、波が大きいと紙がビショビショになるという超危険な状況です。

 

しかし、海を見ながらではなく海と一体的になった作品作りはこの上ない至福の時でした。

 

自分発信の書道。体感量を高くした挑戦。

 

ワクワクの書道がここにありました。

 

↑積丹岬の上から

↓岬を降りて海の中

 

「銀波」

澄んだターコイズブルーの透明度の高い海の景色。

南国の色や風景とは違う北海道の海。奇岩や大岩が点在し、入り江と断崖絶壁が続く。

空の青と海の碧が水平線上で渾然一体となる積丹の絶景を文字通り肌で感じる。

穏やかで緩やかな波が優しく鼓動を打つ。

打ち寄せる波は太陽の光を受けて乱反射する水面に煌めく夏の銀。

 

 

 

「大地」

なだらかな起伏の上に茶、黄、黄緑、緑の色彩。

波のように折り重なる丘の曲線と色の違いがパッチワークのようなきれいな丘陵風景が広がり、その奥に連なる大雪山十勝岳連山が一枚の絵画に奥行きを感じさせてくれる。

 

 

 

「桜風」

春のぽかぽか陽気の昼下がり、1600本の満開の桜の下で暖かな陽を浴びながらサッと吹く風を感じる。

だんだんと太陽が落ちてきて夕日に照らされた桜は一層の桃色に染まってゆく。

風に揺れる桜とひとときのワルツ。

 

 

 

「銀波」

強風が織りなす雪の紋様「シュカブラ」。

波状の雪の塊は大雪山の過酷な気象条件が創り出す自然の芸術作品。

地中から噴き出す白煙と共に硫黄の匂いが漂う火山を感じながら雪と風の造形美「銀の波」の上を歩く。

 

 

 

「残象」

ゆるやかな平陵地に連なる畑が美しい田園風景。どこまでも続く空が次第に紅蓮色に変わり、沈む夕日が7本のカラマツのシルエットを消してゆく。日中はくっきり見えていた木々がだんだんと影となり、陽が落ちてしばらくするとそのわずかに残るカタチも無くなってゆく。時の移ろいに心を馳せる。

 

 

 

「森厳」

まるでアスレチック。倒れた木々が幾重にも重なり行く手を阻む。

おじゃましますと心の中で言いながらくぐり飛び越え登りゆく。

ようやく現れた一本の細い道の両脇には3m以上の高い岩壁に濃淡豊かな何十種もの一面の苔は現実から身を離す。

畏敬の念を心に持ちながら夢幻の時を味わう。

 

 

 

 

「静光」

山に囲まれた湖の頭上には流れ星が見え、真っ暗な世界に湖の波音がそっと聞こえる。

日の出まであと1時間。

刻一刻と変化する水面は黎明の光を投影してゆっくりと色を付けてゆく。

静かな支笏湖の暁に無限の可能性を感じながら。

 

 

 

 

「玲瓏」

急こう配の崖の下に見えたスクリーンは圧巻の氷瀑。岩盤に浸み出した伏流水が凍り、氷のカーテン。

中央に流れる滝の水は凍らず流れ落ちている。

青みを帯びた10mの氷柱と豊富な水量が落ちゆく姿の協同は見事。

 

 

 

「悠遠」

摩周湖の伏流水からできているといわれるこの池は年間を通して水温8℃という不凍池。

火山の噴火、カルデラ形成そして神の子池に水が湧き出るまでいったい何万年の時がかかったのであろう。

途方もない時間をかけたこの緑とコバルトブルーのコントラストの絶景は神秘というべきか。

 

 

 

「鮮麗」

晩秋の空のした、木々の葉が枯れゆく頃に咲き渡るカエデの葉が時の移ろいと共に色づき始める。

濃淡様々な茶色の落ち葉の絨毯に風が吹くたび黄と赤の葉がひらひらと落ち、黄色と少しの赤が混在する鮮麗空間。

 

 

 

「燦然」

マイナス24℃の大雪原の果ては空。

手付かずのまっさらな雪の煌めきがどこまでも続く。

燦然と輝く雪の海が一面に広がる。

放射冷却で冷え込んだ雲一つない快晴の朝に陽が昇り、乱反射する煌めき。

 

 

 

 

「瀑響」

滝の響きと肌に感じる水しぶき。遠くで小鳥が鳴いている。

上流に川がなく水が湧出している山奥の不思議な瀑布の勢いに心を奮わされ、しとしと感じるマイナスイオンで五感が研ぎ澄まされる。

 

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▼継続が出来ない問題

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「自然の中で制作した作品を展示する個展」

重い荷物を担ぎながら山を登ったり、崖のような道を下ったり、-24℃の凍てつく銀世界の中で作品を書いたり時には海の中で波に揺られながら書いたりと1年3ヵ月を使って北海道内の様々なところへ行き、自然に触れながら、書く場所をいとわず筆を執ることがすごく新鮮で、すごく楽しかったんです。

 

よし、これを個展にしようということで、12カ所を周ってそこで撮った写真を大きなパネルにし、畳1畳くらいの書作品と両方を展示した個展を試みました。

そしてまたやりたい。強く思ったのですが・・・。

 

この企画と個展、継続できないんです。

 

今回のこの企画に掛かった費用、遠征代、作品制作からDM代などすべて合わせると切り詰めてやっていましたがそれでも50万円以上はかかりました。

この制作費以上に収益があがれば継続することはできますが今回売り上げた金額4000円ちょっとです(グッズ販売にて)。

驚異的に採算が合いません。

 

この個展、作品やグッズが売れなかったことはもちろんのこと、集客できなかったのです。

 

多くの作家さんはオーダー(依頼作品やロゴなど)で個展の捻出をされているかと思いますが、残念ながら今の僕ではこの企画の製作費をペイする力も製作費を捻出するだけのオーダーの依頼量もありません。

 

この段階では八方塞がりの状態です。

 

キャッシュポイント(収入源)を作れていないことで、この企画はもちろんのこと書道の活動自体がができなくなってしまいます。

 

 

↑個展会場にて

 

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▼ペン字を教えるきっかけ

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そのころすでにペン字も教えていたのですが実は当初あまり乗り気ではなかったのです。

そのころはペン字のおもしろさや素晴らしさを自分の中で見出していなかったからです。

 

しかし、そこで運命を変える人と出会いました。

 

ある時出会った50代女性の方がおっしゃっていたことがあります。

その方は職場で毎日報告書を手書きで書かなければいけなく、字が苦手という自覚はあったものの会社の規定であるため毎日書いていました。

 

しかし毎回その報告書の字が汚いことを上司に言われていたそうです。

なんと驚くことそのことが原因でその職場を辞めてしまった経験があるというのです。

もし、字が汚くなかったら辞めることはなかっただろうと。と教えてくれたのですが、字に対してそんなに強いコンプレックスを抱えている方がいるということがあまりに衝撃的でした。

 

ペン字はコンプレックスやその人の悩みにもなってしまう。

裏を返せば人助けができる領域なんだとその時にペン字を教えることの有意性に気付きました。

 

書道はある種、趣味の範疇で普段使うこともないから下手でも生活に支障はないけどペン字は普段の生活において必要でありしかも文字でその人の印象や評価を決められてしまうこともあるというのです。

 

書道とペン字。同じ「教える」でも違うんだと。

 

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▼YouTubeを始めたきっかけ

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自分が好きなように作品を作り続けたい。

 

僕自身が誰よりも一番自分の作品に興味があり、より良いものを見たい興味心が強いと言った方がいいかもしれません。

そしてその作品たちを多くの方に見てもらい、多くの方にちょっとでもパワーを与えられたらという思いです。

 

「北海道内だけではなく全国、そして世界の自然や秘境へ赴きその場で書道がしたい」がやりたいことです。

 

そこで、ここから何をやっていけばこの目標に辿り着けるかが大問題で、先述した通り今の僕では財力もなければ知名度も無い、依頼だって来ません。

キャッシュポイントをしっかり作らなくていけません。

 

ではどうすべきかを考えてみると、、、

 

①書道家活動(オファー作品の制作)を少しづつ増やし認知度、人気度を上げていく

②ペン字の先生として認知度、人気度を上げていく

 

このどちらかが浮かんできました。

 

そして結論は②を選択しました。

理由は問題であった僕の知名度が上がれば上がるほど、字へのコンプレックス解消の人数が多くなりそうだからです。

 

知名度あるいは人気度に応じて救ってあげられる人数も増えていく。

僕の課題克服である知名度、認知度を高くしたいというとんでもない下心なのに叶えば叶うほど結果的にそれが人助け(大げさかもしれませんが)になるなんて最高じゃないですか!

 

この時ペン字に注力しようと決意しました。

 

しかし、町中のペン字教室やペン字サークルといったものだけでは教室内のせいぜい30名程度の人数に限られてしまいそれ以上の人には届けられません。

1万人に届けようと思ったとき、各地に出向いて講座を開くという方法が浮かんできます。

 

無名の僕がやるならば初見の講座で10人集められればいいところです。

1時間10人×1000回でようやく1万人。

しかも同じ内容を1000回も繰り返すってなると相当の時間と体力がかかります。

 

これではいけません。

 

でもYouTubeだったらたった1回の講座で1万人いや10万人にだって届けることができるんです。

これはYouTubeやるっきゃない!ってことで即やることを決めました。

 

さっそくリアル講座をそのままYouTubeにアップしたところ、1時間半の動画が現在10万回近い再生数を記録しています。

 

↑【激変する美文字セミナー】クセ字の改善方法から達筆のコツまで!ペン字上達は「5つの事」を意識する

 

 

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▼2年間の活動休止

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時を同じくしてペン字を本格的に始めるにあたって新たな決意をしました。

 

それが書道の活動休止です。

 

書道をしながらペン字を教えている人もたくさんいます。

だけどそれじゃ中途半端になってしまう、ペン字が上手くいかなかったら書道に逃げてしまう。

 

ペン字で結果を残してから書道を思う存分楽しむ!それまでは筆を一切持たない。

表向きな活動だけでなく練習としても筆を持たずに書道を完全に封印することを決めました。

 

書道とペン字の両方のことを考えたり、時間を割くよりもペン字のみの配分にしてしまったほうがより一層自分のレベルを上げることもできるのでこの期間は修行の期間。

 

そう決めてペン字の事だけを毎日考えています。

 

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▼コンプレックスを乗り越えて

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YouTube参入を決めたわけですがここで問題が起きました。

 

僕、自分の声が大っ嫌いなんです。

 

昔、音楽の授業で教室の前に録音用のマイク8台が並べられ8人で合唱をするということがあり、ここまではよかったのですが次にそのマイクで収録した1人ずつの歌声をクラス36人全員で聞くと先生が言い出したんです。

メガネを掛けた体格のいい、怖い男の先生だったのですが「自分の歌聞かれたくない奴はいるか?いるなら正直に手あげてくれ」と言ったんですね。

クラス全員シーンとした中、唯一僕だけがピシっと手を上げました。

そうすると先生は声を荒げ、「なんでお前だけ嫌なんだ!おかしいだろ!これは授業だぞ!おまえだけおかしい!」と詰め寄られました。

それでも「嫌です」と僕も負けじと頑なに譲らなかったのですが、結果みんなで聞く事になりましたが。

 

僕は正直に手を挙げた、ただそれだけで怒られたというエピソードがあったんですが、もうとにかく自分の声が嫌で友達や自分が映っているケータイの動画なんかを見る際は自分が映っているところでは必ず顔を背け自分の声を聞かないフリをして自分が自分の声を聞かないようにするくらい声に強いコンプレックスがありました。

 

そんな僕でしたが、YouTubeは唯一の光。

 

自分のちっぽけなコンプレックスのせいで多くの人に届けられないことはこれこそダメだ!と唇を噛み、毎日動画を編集する際にパソコンから流れてくる自分の声を聞くことにしました。

 

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▼YouTubeを続けるための秘策

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よし、1年でYouTubeに100本投稿する!と意気込んでいたのですが、そこで実はもう1つ問題がありました。

 

YouTube続けられるのか問題です。

 

YouTubeに動画を投稿する人は数知れずいますが、継続して投稿をしているチャンネルは全体の5%ほどで、95%は続かないそうです。

 

YouTubeは他のSNSよりも参入障壁が高いんです。

顔と声を出さなければいけないことに加え、動画は文章の何十倍という情報量を詰め込むため毎回の情報収集や内容の構成を考える思考量も圧倒的に増え、さらには撮影機材を揃え、撮影を行い、編集をし、クリックしてもらえるタイトルを考え、興味を引くサムネイルを作らなければいけないといった作業工程が他のSNSよりもはるかに面倒ということを考えると95%の人が辞めていくのは納得いきます。

 

たぶん続かない。そう思いました。

 

以前インスタ、ツイッター、ブログ、よしやろう!と決意しましたが1か月ほどで更新が途絶えフェードアウトしていきました。

ほかのSNSよりもはるかに手がかかるYouTubeであるならこれこそ無理だなと思ったので、戒めました。

 

 

「2ヵ月完全糖質抜きダイエット」です。

 

 

ダイエットは美文字に共通することがあって、ほとんどの人は「続かない」んです。

だから自分もダイエットしてみたらどんな気持ちかが分かるし、これができればYouTubeも続けられる。願掛けというか戒めというか思い込みです。

 

糖質というと、米や麺類(そば、うどん、ラーメン、パスタ)、パンなどの小麦粉を使う食べ物、お菓子(和菓子もNG)やアイスといった糖類です。

大好きな食べ物は米と甘いもの。僕は毎日大盛りのお米の後はデザートでアイス2個は当たり前。

朝はきのこの山、深夜にポテトチップス2袋。コンビニスイーツ大好物。糖質大好き人間が挑んでみました。日常食である揚げ物類も一切禁止。

ここ2年で7kgほど太っていたためちょうどいい機会でした。

 

結果はダイエット前71kg→2か月後62kg。

無事に糖質ダイエットを継続することができ、見事9kgほど痩せることが出来ました。

このダイエットを続けられたことは何よりYouTubeを続ける上で大きな励みになりました。

 

継続することが何よりの目標だったので体重はそこまで気にしていませんでしたが、糖質を我慢することで一気に痩せていきました。

ちなみに運動、筋トレは一切していませんしライザップにも通っていません。

 

野菜や魚、肉(豚バラ牛バラ鶏ももなど脂を含まないもの)など糖質を含まないもののみに食べるものを変えただけです。

面白いことに1か月経過した時点で2kgくらいしか落ちてなかったのですが1か月過ぎるとそこから急激に落ちていきました。

今まで食べていたものを食べたいなと思うことはあってもそんなに辛くはなかったですし、始めた1週間まではすぐお腹がすいていましたが、意外と慣れてきてそんなにお腹もすかなくなってきます。

2ヵ月立った頃にはその食生活が当たり前になっていて全く苦にはなっていませんでした。

 

そんなこんなで、YouTube1年で100本アップを目指したところ、無事投稿を始めて100日目で100本をクリアできました(毎日投稿してました)。

 

そして1年で250本くらいは投稿することとなります。

 

なんの根拠もないダイエットが結果的に何をやっても継続できなかった僕の自信へと繋がりました。

 

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▼伝えられる講師を目指して

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多くの方に自分の文字に対してどう思っているかを聞いてみると、自分の字に自信がない、人にはあまり見せたくない、恥ずかしいといった軽度のコンプレックスを持っている方がほとんどでした。

しかも字をキレイにしたいと1度でも思ったことがある人が大多数。

 

その方たちになぜ手を打たなかったのかと聞いてみると、「練習するのがめんどくさい」「自分にはセンス(才能)がない」や「美文字本をやったけど続かなかった」「美文字本ではただ書いているだけで上達している実感がなかった」などの声が上がってきました。

 

なるほど。

 

ここから見えてくるものは「上達への具体性が無い」「努力しないといけない」の2点です。

 

これをクリアできれば多くの人が文字に関心を持ち、結果としてコンプレックスを無くすことが出来るのではないかと考えました。

 

1つ目の「上達への具体性が無い」はよくよく調べてみると確かに世に出回っている美文字本やYouTube、テレビのコーナーなんかはかなり大衆向けに作られていて確かに具体性に欠けていて(より手軽にと考えると仕方がないですが)、しかもどれも手本の文字を使って説明されているばかりで、字が苦手な方や一般の方のリアルな文字を使ってないなぁと思ったので、より詳しく少し細かいところも伝えていければいいなと。

ここはわりと早めに解決できそうです。

 

問題は2つ目の「努力しないといけない」です。

 

これ、その通りでやっぱり練習しないと上手くならないし多少の努力は必要になっちゃうんですね。

 

そこでちょっと自分のことを思い返してみたんですが僕、今までに書道で努力したことないんです。

少なくとも自分自身は努力と思ったことはなくて、ただ楽しいから好きだから書いていたんです。

それが結果として上達していったということになります。

好きこそもののなんちゃらってやつです。

 

あっ、そうか、努力という言葉は我慢している時に使うのか!ということは、文字に対しておもしろい!とか、楽しい!が先に来ちゃえばこれはもう努力とは呼ばないで勝手に継続しちゃうんだ。

 

と、これで2つ目も解決しました。

 

しかしながら理論や方法としては分かったのですが実践できるかどうかが案外難しくて、いかに楽しい!と思わせるかが重要で、「しゃべり」のクオリティがどれだけ高いかが何よりの勝負。

 

どうやら書道家の仕事外の領域もレベルアップしなくてはいけなくなりました。

 

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▼話し方の研究

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「話し方上達」で調べてみると、話す順序、伝わる構成、聞き取りやすさなどが出てきました。

アナウンサーのスクールも結構出てきて通おうかちょっと悩みました。

 

ただ、ちょっと待てよ、伝わる話し方と惹きつけられる話し方ってそもそも違うんじゃないか??アナウンサーが読み上げる原稿ってまとまっていて、分かりやすい。

しかも発声もしっかりしていて綺麗な声、聞き取りやすい。

 

でもあれ?伝わるけど惹きつけられないよなぁ。

目指すとこココだっけな。となりました。

 

「キレイな伝わる話し方」と「聞き入っちゃう、見入っちゃう話し方」とはどうやら違うようです。

 

「惹きつけられる」とは何かを自分なりに研究して、気付いたことを2つの場所で少しずつ実践していきました。

 

僕は翠蝶館というホテルの宿泊者向けに毎週土曜日1時間の無料美文字体験講座を実施しており、毎週はじめましての方に向けて実践していました。

ここでは講座がおもしろくないとお客さんの顔や態度に顕著に出てきます。

しかも無料ということもありそんなに乗り気じゃない方も来られて、ましてやホテルサービスの一環として来られている方なので僕に興味を持っている人が一切来ないというかなりハードな実践です。

 

そして2つ目の場所はYouTube。

 

おもしろくなかったり飽きられてしまうとすぐに僕の動画は閉じられてしまいます。

その人の顔や態度は分からないものの、どのタイミングで離脱したかをYouTube上のデータで確認することができるのでその動画が平均で何分何十秒見られたかを常にチェックしています。

 

 

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▼話し方の工夫

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僕は、お笑い芸人さんや講演家さんではないのでそもそものトークスキルというものが一切ない素人です。

その素人が素人なりに実体験の中で気を付けていたことや得られた実験結果と実践内容を公開します。

 

さて、まず話す上で絶対条件になってくるのが話す速度と高さです。

「速度は速く」、「高い声」で。

が必要条件となります。

 

この2つこそがめちゃめちゃ重要で、「ゆっくり」で「低い声(地声)」だとすぐに飽きられちゃいます。

しかしこの2つ意外と難しくて、特に男性の場合はもともと声が低いのでより意識しないと高い声は出ませんし、僕の場合意識していても動画で聞くとめっちゃ低かったです。

 

この2つを基本とした上で、最重要キーワードは【変化】です。

 

変化があることで飽きられず、惹きつけた状態をキープできるなあと感じています。

この変化とは「速度」「声の高さ」「間」「表情」の4つから成っており、この4つの掛け合わせこそが変化の正体です。

 

基本「話す速度は速く」。

だけど速いだけだと最初は聞き取ろうと前のめりに聞き入るんだけれども途中で飽きちゃったり、ただただ聞き取りにくい人になってしまうので、通常の速度やゆっっっくりとした場面を途中で挟んだり、早口でしゃっべっていると思ったら重要なところで急にゆっくりに切り替えたりします。

 

「声の高さ」の変化はスゴく難しくて、高めの声を基本としてさらにヒートアップして高音域を出したり地声の低い声を出したりと上から下まで変化を付けます。

たまに声がひっくり返ったりしますが、心の中ではラッキー。

これも変化になるのでいいスパイスになります(たまにわざとひっくり返した声を出すこともあります)。

また、ささやくようなウィスパーボイスを途中で入れるのも効果的です。

 

ちなみに最近、高音域を出す時はアイ~ンの声マネのイメージで鼻の上から声を出してより高い声にしています。

 

話の中で高い声を出すって結構難しくて、1年前の動画を見返すとその時は高い声で話しているつもりでしたが今聞くとただの地声です・・・。

 

で、この「速度」と「声の高さ」はセットの関係で、「速い時ほど声は高く」、「ゆっくりの時は低めの声」で話す。

そうするとマッチします。※低い声を使うと説得力が増します。

 

さらにここで「間」をセットにするといいんです。

早口で高音→2秒の間→ゆっくりで低音。

 

意図的な間は効果抜群ですが、意図しない(関連性のない)間はだめです。

「え~」など語尾や合間の時間稼ぎの間などがそれです。

 

そして「表情」。

 

笑顔だけではなく、目を見開いたり、しかめっ面になってみたり、顔をくしゃくしゃにして悩んだ顔をしてみたり、笑ったり真顔といったありとあらゆる「顔」を作り【変化】を生み出します。

 

年齢が上がれば上がるほど特に男性は感情を表に出さなくなります。

ランチでおしゃれなプレートが出てきたときに「キャーっおいしそうっ!!キャピキャピ」なんてしている50代男性見たことが無いと思います。

僕自身やっぱり顔が固く、なかなか顔で表現をするということが難しいです。

 

よく、手でジェスチャーしなさいと聞きますがそれだけでは全然足りなくて、全身を使って表現出来ればなおOKなんです。

僕がよくやるのは、「左払い右払い」というワードを使うときに「左払い」と言った時に左手をバッとひらき、「右払い」と言った時にバッとひらいて両手をめいっぱい横に広げたりします。

ほかには「ここが難しいんです」と言って両手を頭に抱え顔をくしゃくしゃにして悩んだポーズを取ったりします。

 

この「速度」「声の高さ」「間」「表情」の4つの掛け算が僕の中ではベースになるのですが、プラス「擬音語」も結構イイです。

普通の言葉からは出てこない「ピュッ」「ブワッ」「ビャッ」「ググググゥー」など擬音語も散りばめたりもしています。

 

あれやこれやの変化を入れることを意識していますが、僕自身まだまだなのでもっともっとレベルアップしなきゃです。

 

最初からこんなことを考えていたわけではなく少しずつ自分なりの考察や工夫として4つのキーワードに行き当たるようになり、意識して変化を作り実践していきました。

もちろん話す内容や順序も大事ですが、僕はココに注力しています。

 

そのうえで、1~2時間ほどの長めの講座では「長編の劇」として考えるので大きな変化を時間内で意識しています。

逆に、10分15分の動画では「短編の劇」になるので変化は少し抑えて「速くて高い」に注力しています。

状況や場面、相手によって変えないと逆に聞いてもらえなくなるので必要に応じて出すようにしています。

 

少しでも文字の世界に惹き込められるよう試行錯誤し、より長く聞いてもらえる自分なりの工夫をしています。

 

が、まだまだです。

↓ヒドすぎて現在は削除した幻のYouTube初期動画を限定公開にてアップしました。

↓※クリックするとご覧いただけますが、覚悟して見てください。

↓2019年3月

 

↓2020年9月(クリックするとご覧いただけます)

 

 

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▼動画の時間は15分なのに撮影は3時間

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リアルのレッスンでやったことをもっと上手く話せたのに、と思ったら1人で撮り直しをします。

 

たった15分の動画でも3時間以上かかることはたくさんあります。

 

台本があるわけではないので、自分の中でちょっと話が長引いたり必要ない説明を入れてしまった場合は即リテイク。

少しでもつっかかったり言葉が出なくて止まってしまったら即リテイク。

 

他から見たら別に良くない?と思ってしまうかもしれませんが、より分かりやすく、おもしろくを目指しているので納得のいくまで何度も何度も同じ説明をカメラの前で繰り返します。

 

多くのYouTube(特にエンタメ系)では、動画を離脱されないようテンポを速くする工夫として余計な間や、「え~」などをカットするジャンプカットや、その上のより細かくカットをするジェットカットという手法を使って動画を作っています。

これは編集時にバチバチバチバチと細かいカットをすることによって確かにテンポが上がるために非常に有効な手段なのですがこれを多く掛け過ぎると細切れに見えてしまい不自然にも感じてしまいます。

単語と単語が「ポンポンポンポン」と素早くコマ切れで切り替わるアレですね。

 

しかし、このジャンプカットを最初から頭に入れていると話がヘタでも編集時になんとでもなってしまい、結果それに頼ってしまうので何より自分の能力が上がりません。

なので、場面が切り替わる時以外は話の途中でこのジャンプカット、ジェットカットを使わないようにしています。

そうすると編集時ではなく、リアルタイムで「ジャンプカットをした話し方(速度)」である必要があるので、もともとゆっくり目に話す僕は大変です。

 

15分の動画を15分で終わらせた方が効率はいいし声も枯れませんが、そのある意味無駄な2時間45分をかけることで説明の仕方も発声の質もレベルアップできるので1年後を考えるとこれはいい練習になっていると思います。

おかげで少しづつ出せる声の高さや声にハリ、速度が出るようになってきました。

 

 

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▼終わりのない成長

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実は僕、ペン字はあまり上手くなかったんです。

 

ペン字を教える以前に個展を開いた際に来て下さった50代の男性のしゃべっている言葉が聞こえてきました。

「書道家でもこんな字を書くんだな。」書作品の横に貼ってある手書きのキャプション(作品のタイトルを書いた紙)を見てそうつぶやいているのを聞いてしまったのです。

 

正直なところペン字にも自信がありました。

20年以上書道をやってきているというプライドもありました。

 

そのことが悔しくて後日、Eさんの字って見やすいよねーと周りから評判のEさんにお願いをして「どっちが上手いか勝負」を挑みました。

お題の文字を書いて5人くらいの人たちに見せて投票したところ、見事敗れました。

 

どうやら僕の字は見やすい文字ではなく、クセのある字と認識されていたようです。

 

書道の場合は自己表現といってしまえばそれで終わりですがペン字の場合は自己満足ではダメで相手がどう思うか、相手からどう思われるかが全てであり、エチケットのような気遣いというか身だしなみと捉えるべきなんだとそこで気が付きました。

 

それからキレイな字、上手い字とはなんなのか、ルールや法則がどれだけあるだろうかと考え始めました。

 

周りに筆文字は上手いけどペン字はそうでもない。

という人っていないですか?どうしてこれが起きてしまうかというと字形の骨格形成が不十分だからです。

知識ではなく感覚で書いているんです。

 

書道の筆文字をカッコよくするためにはどうすればいいかというと、簡単に言ってしまえば立体感を付ければいいんです。

トメ・ハネ・ハライをしっかりと行い、文字の中に太い線と細い線の両方を出せれば立体感が出てなんとなくカッコよく見えます。

 

ところがペン字の場合は字形(骨格)が重要になってきて、筆の扱いや立体感に注力し勝負していた書道マンは一気に仕事場を失ってしまうんです。

僕自身もそうだったと後々気付かされました。

 

書道の時も形だって意識していたはずなんですがどうやら言葉として、知識としてしっかりと頭に入っていなかったんです。

 

感覚で書いてしまっていた。

 

書道の文献やペン字の本を漁って勉強をしていくうちに、いかに感覚だけで書いていたかを痛いほど感じました。

「ココはこういう理論だからこの線は右上がりを強くして、こっちの線ではやや短めにしておく」みたいな知識で書いておらず、なんとなくの雰囲気のみで感覚的に書いていたため、それぞれのパーツの書き方や文字の作り方にクセが生じていたんです。

自分本位な書き方をしていたから不滅不変の大原則を破っていたりズレているものが自分の字にはたくさんあることも発覚しました。

もちろん技術不足(線を上手く引けていない)というのもありましたが・・・。

 

文字を上手くするには、知識と技術の両方が必要です。

僕自身この2つを常にアップデートしていて、2年前の自分の文字と教えている講義の内容の両方が変わっています。

1年前の自分の字を見てもかなり変わっているのですが、さらに2年前の字を見ると別人か!ってほど変わっています。

 

また、常に勉強し、実践をしている中での気付きや書いている途中で新らしい技術を得ているので前に話していた内容が間違っている!とか前と話が違う!とかがあるかもしれません。

それ自体は謝らなければいけないのですが、一方で僕自身が成長している証でもあるのでその辺はご容赦お願いします。

僕自身、技術も知識もまだまだなのでもっともっとアップデートを重ね、成長していくつもりです。

 

どうか温かく見守りください。

 

 

↓高校時代のノート

 

↓2020年5月

 

↓2018年ペン字を教え始めた当初の部首別手本

↓現在との比較

 

 

 

 

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▼これからの展望

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軽度から重度まで幅はあると思いますが文字に対してのコンプレックスを持っている人は多いのではないでしょうか。

 

そんな人たちのコンプレックスを少しでも無くしたいと思っています。

 

そのためには字っておもしろい!楽しい!書きたい!と入口の部分で惹き込ませることができれば自然と文字に対しての意識が変わり、字に夢中になっていつの間にか上手くなっちゃっているという状態を作ることが僕の目指しているところです。

 

すでに文字に対して興味を持っている方はもちろんのこと、自分はヘタだと諦めている方、コンプレックスを持っている方にどれだけ文字の魅力というものを伝えられるか、最初の一歩を導いてあげられるかが僕の仕事だとおもっています。

 

夢は世界の絶景の中で作品を書き続けたい。

 

それだけではなくそこで書いた作品たちの個展を開きたくさんの方に観てもらう。

 

これを実行するためにも今できる事を最大限尽くしたいとおもいます。

 

 

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